一心生産組合設立について

馬による作業

一心生産組合が北海道は上富良野町に設立されたのは昭和45年4月。

村上國夫氏(現代表の叔父にあたる)が、当時は、まだ60戸以上あった農家が、日新ダム建設に伴い離農・買収により、半数に減ってしまった為に

『一つの目的の為に、手を取り合って励ましあい、自己に自信を持ち、私欲を捨てて共存共栄を図るために共同経営を始める』

と言う目標を立てて立ち上げたのが始まりで
荒れた土地を畑に変えていきます。
ブルでの整地
当時は、今のように機械化されているわけではなく全ての作業を馬や人力で行っていました。

今では全く考えられない方法です。

防除の様子
そんな大変な作業を繰り返し、荒れた土地は少しずつ、ほ場となり國夫氏の言葉通り、皆が一つの心で同じ目標に向かって進んで行きました。



ブルでの整地國夫氏達の懸命な作業により、ほ場になり、面積を少しずつ増やし今の一心生産組合へと近づいていきます。




突然の世代交代

初期の一心生産組合

設立より12年が経ち、後継者にも恵まれ少しずつ経営は軌道にのっていきました。

國夫氏は、たくさん居た孫達を背負って、バイクで、ほ場を巡回します。

ほ場は、幼い時から、いつも身近にあるものでした。今では考えられないかもしれませんが、2歳頃から土に触れて育ってきました。

土に触れる孫達の誰かは、毎日國夫氏と畑に顔を出します。

そんな何事も順調に見えた、或る日。
國夫氏が病に倒れます。

仕事をしている最中の突然の出来事でした。

長期入院を余議なくされ、経営は息子である武憲氏(現代表の従兄弟にあたる)に引き継がれる事になります。

そして、一心生産組合は大きな転機を迎える事となります。

有機農法へと

村上武憲氏代表を武憲氏とし、新しく出発した一心生産組合。

従来の方法以外に何か…と考えていた、そんな時。取引先を通じて、一人の人と知り合う事になります。

この先、長い間お世話になる事になる
『島本微生物農法』の指導者である小久保先生との出会いでした。

野菜を土から見直し、土作りの大切さを知る事になります。
今まで慣行農法一本だった一心生産組合は、自家製の堆肥を作り、微生物農法の特色と言われる土こうじを作り始めます。
試行錯誤を繰り返し、たくさん失敗を重ねて少しずつ作り上げて行きました。小久保秀夫氏


平成10年より、一心生産組合は有機栽培を始め
もう13年目となりました。
その間、欠かすことなく毎年、島本微生物農法の
勉強会を開催し、毎年ほ場視察に小久保先生に
来ていただき、堆肥・土こうじ・作物の様子を
みていただいております。

この出会いが、一心生産組合にとって、とても
大きなものであった事は言うまでもありません。

この島本微生物農法はメンバーを増やし、
今では12名のメンバーがいます。



現在の一心生産組合

代表の村上武憲氏は、北海道の冬期間の休耕期について、何かが出来ないかと模索しておりました。

そんな中、取引先へ挨拶に関東に出向いていた時、関東にも、ほ場を持つ事を決めました。2009年から、本格的に住居を移して、北海道との通年栽培を目標に
茨城県筑西市に、ほ場を持ちました。

代表の移動に伴い、北海道では村上多麻夫氏が代表となり経営を引き継ぐ事となりました。
村上多麻夫氏
2010年には、島本微生物農法の勉強会に
出席していたメンバーで、株式会社を建ちあげました。
多麻夫氏も、その役員となっております。

國夫氏の掲げた目標の元に、今も
一つの心で同じ目標に向かって進んでいます。

これからも、土作りを重視し野菜本来の味を守っていけるように、やっていきたいと思っています。